今日は、飲食店という仕事について、少し踏み込んだ話をします。
ぼく自身、16歳のときに喫茶店でアルバイトをしました。
しかも週6日。
学校に通い、吹奏楽部と軽音楽部を掛け持ちしながら、夜はバイトに明け暮れる日々。
今思えば、まぁまぁ無茶な働き方です。
16歳で体感した「現実」
喫茶店に入って2ヶ月目には、ワンオペも経験しました。
ドリンクをすべて学び、常連さんの顔と好みを把握し、ピークタイムを一人で回す。
グリストラップの掃除もやり、仕入れにも触らせてもらった。
原価がいくらで、どこがロスになり、何を廃棄すると利益が消えるのか。
それを16歳の時点で「体感」として知ったことは、
かなり大きな経験だったと思っています。
なぜなら、飲食店は「頭で理解する前に、体で分かる場所」だからです。
売上は幻想ではなく、利益も努力も、すべて数字と現実で返ってくる。
忙しいときほど、ごまかしは効かない。
飲食店で身につく力
感情が荒れていれば接客に出てしまい、すぐ叱られる。
段取りが悪ければ詰まり、ミスが連鎖する。
気を抜けば、店全体が止まってしまう。
その中で自然と身につくのが、
- 先を読む力
- 優先順位
- 時間感覚
- 責任感
- 人との距離感
これらは、誰かに「教わる」ものではありません。
身体に染み込む感覚です。
だから今でも、こう思っています。
人生に必要な要素
仕事とは何か。
お金の価値。
感情と判断。
継続と改善。
人間関係。
人生で必要な要素が、短時間で、しかも高濃度で押し寄せてくる。
飲食店は楽な場所ではありません。 肉体労働であり、頭脳労働であり、精神の修行でもある。
だからこそ、ここを通った人間は強い。
——途中で逃げ出さなかった場合に限りますが。
人生の基礎体力を鍛える場
もし今、飲食店の現場で苦しさを感じている人がいたら、それは失敗ではありません。
人生の基礎体力を鍛えている最中です。
ここで何を学び、何を持ち帰るか。
それだけが、次のステージを決めます。
ぼくにとって、16歳のあの喫茶店は、最初の「社会」でした。
複数の現場が教えてくれた「構造の違い」
ぼくが関わった飲食店は、一軒ではありません。
- 個人店(ライブハウス)
- チェーン店(ハンバーガー屋)
- 昔ながらの名店(スパゲッティ専門店)
16歳から20歳まで、5社ほどの現場を経験しました。
名古屋の喫茶店では、生豆から焙煎し、ミルで挽き、ドリップで出す。
スパゲッティ屋は、3種類のパスタが選べて、
ソースや具材をカスタマイズできる風変わりなお店でした。
ライブハウスでは、カクテルの作り方も学びました。
正解は、すべて違う。
個人店は「空気と人間関係」。
チェーン店は「仕組みと再現性」。
名店は「技術と矜持と積み重ね」。 どれが正しい、ではなく、すべてが真実です。
一つのやり方に固執しなくなった理由
同じ飲食でも、店が変われば世界が変わる。
評価のされ方も、怒られ方も、守るべきものも違う。
この違いを、若いうちに体で知れたことは、
今になって、非常に大きく効いています。
だからぼくは、一つのやり方に固執しません。
現場を見て、人を見て、構造を見て、
その場に合った判断をする。
飲食店で、何度も現実に叩かれた結果です。
分かった気にならなかった理由
もし若い頃に、これらの現場を通っていなかったら。
ぼくはきっと、分かった気になって語る、愚かな人間になっていたでしょう。
でも実際には、
- 分からないことを「分からない」と言える
- 仕組みで考える
- 人を一括りにしない
そんな感性が身につきました。
飲食店には、この世のすべてのエッセンスが凝縮されている。
一つの店ではなく、複数の現場を通ることで立体になったのです。
飲食店は、人生の予行演習だった
16歳から20歳までの時間は、
ぼくにとって、人生そのものの予行演習でした。
その後の厳しい修行を耐えられたのも、
飲食店での厳しい経験があったからです。
今も、経営でも人材育成でも、あのときに身についた感覚は生き続けています。
逃げずに立っていた時間は、必ず効いてくる
飲食店は、優しくはありません。
でも、嘘をつかない。
忙しいときにどう動くか。
トラブルの瞬間、誰が頼りになるか。
お金が絡んだとき、人はどう変わるか。
それを、頭ではなく体で知れた。
だから今、感情ではなく構造を見ることができる。
現実から目を逸らさず、逃げずに判断できる。
飲食店には、この世のすべてがある。
そこで身につく力は、どこへ行っても通用する「生きる力」そのものです。
星読み師taka(中島多加仁)


